文字っぽいの。

文字を書いています。写真も混ざります。

どうも周知徹底が不足しているようなので再度のお願いとなりますが,Wordで論文を書く奴は死ね.

  • 確かにWordでしか出来ない編集技法は存在する(例を挙げるなら図のドラッグ移動)が,それはWordで論文を書く奴の存在を赦す理由にはならない.
  • 確かにWordに輪をかけてさらにダメな類の論文執筆方法は存在する(例を挙げるならIndesign)が,それはWordの存在を赦す理由にはならない.
  • 確かにWordでしか書けないダメ学生は存在する(例を挙げてほしければここにおまえの名前を入れろ)が,それはWordの存在を赦す理由にはならない.

結論:Wordで論文を書く奴は死ね.

 そもそもワープロソフトや組版ソフトにできて手書きで書けない論文など存在しない.存在しないんだぞ.なのに何故人はコンピュータで論文を書くのか.それはオートメーションのためなのであり,奴隷的使役から人類の尊厳を開放して,この地上に楽園を築くためである.まあそこまで大上段に振りかぶって普段から執筆している輩はいないにせよ,コンピュータで論文を書くのは楽をするため,豊かな研究生活を実現するため,誰かの幸福のために行うものだ.違うか?じゃあなぜコンピュータで論文を書くんだ?

 翻ってWordでの論文執筆はどうかといえば,これは不幸でしかない.Wordの不幸はあげればキリがないから,インデントや改ページ処理がいかれてるとか,数式エディタが狂ってるとか,図表番号の自動割り当てをほとんど全く欠如しているとか,あるいは「Wordでしか論文を書けない学会や教授」が一定数いてこれが老害になっているとか,まあその程度を列挙しておくに留めるが,ともかく様々な原因により,Wordで書くことを選ぶと論文の体裁を整える事がとても困難になる.もちろん完璧な論文など(少なくともWordを使う以上)ありえず,たとえテンプレートが学生の負担を減らしたとしても,そのぶん先輩や教員が余計な心労を背負ってるだけに過ぎない場合が多々見受けられる.それは要するに睡眠時間が欠乏する対象が移動しただけな訳で,全体の幸福の総和が上昇しないようなものの存在を,我々はけっして赦してはならないのだ.

 すでにWordで書いてある既存の論文を今すぐ根絶やしにするのは難しかろう.過去にそれらが果たしてきた学術研究的役割まで否定するつもりもない.しかし今,この瞬間にも意味もなくWordで書かれ続けている論文.なぜWordで書く必要がある?ないはずだ.ないはずなんだよ.ちゃんと調査すればTeXの方が何十倍も便利で,インターネットに資料も沢山転がっているはずなんだ.なんの為のインターネットだよ.コマンドを覚えるのが難しいとか言うけど,ひょっとしたら十数種類だけで論文が書ける場合がほとんどなんだ.Wordは捨てろ.これ以上Wordの業火を背負うな.未来に禍根を残すな.少なくとも論文をWordで書くこと自体を,我々の世代で最後にするべきだ.体罰の伝統じゃないんだから.我等の子孫にWordで論文の書くことのない明るい未来を.そう願ってやまない.Wordで論文書く奴は死ね.

元ネタ

どうも周知徹底が不足しているようなので再度のお願いとなりますが、C死ね。

どうも周知徹底が不足しているようなので再度のお願いとなりますが、IE死ね。